登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島) 登校拒否も引きこもりも明るい話


TOPページ→  体験談目次 → 体験談 2003年11月発行ニュースより



体験談

2003年11月発行ニュースより。
登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)会報NO.95


登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)では、
毎月の例会の様子をニュースとして、毎月一回発行しています。
その中から毎月3/1から4/1程度をHPに載せています。


体験談(親の会ニュース)目次はこちら→



10月例会報告


親のカクゴと自分を大切にするということ



はじめは、親は我が子の状態を治したいと勘違いしてしまう。
しかし子どもはその状態を通じて心にある辛さを訴えているんですね。
親が我が子の状態を受け入れるカクゴを決め、でんと動じなければ、我が子は、今の自分でいいんだねと落ちついてきます。


親たちも自分を大切にする生き方を学んでいきます。
我が子と過ごす毎日に「あー幸せだな」って実感するようになる、「うちは世間とは違う・・・」なんていう話題もでました。
我が家の常識は世間と違う、そう、我が家の自然が一番なんです。


10月例会のテーマは‘自分を大切に’でしたね。




1.不安と仲良く 内沢玲子さんのお話

2.人生にムダはない Kさんのお話

3.親が動じない 小泉成一さんのお話

4.家族が支えてくれた私の不安 Nさんのお話

5.娘と今の生活楽しんでいます。 山口良治さんのお話

6.自分を大切にするということ Uさんのお話



不安と仲良く 内沢玲子さんのお話

内沢玲子さん:前は休んでいる時期でもいろんな大きな気持ちの転換期みたいなのがありました。



 一番最初は、「はあー、やっと休める、やっと引きこもれる」という感じで、その後は「でもこのままでいいんだろうか、こんな風な今の状態をおかしいと思われないだろうか」と思い、次は「この人おかしいと思われても、そう思わせとけばいいや」と思いました。



 その次はまた不安も出てきたりして、だけど毎日楽しいからいいかなという感じで。
その次は、内園さんと長谷川さんにも電話したんですけど、もう暇で暇でたまらなくなって、自分のしたいことをしたいけどそこまでのパワーがないから、どうしようどうしよう、外に出て遊びたいのに、だけどパワーが溜まっていないことに不安がたくさん出てきました。



 長谷川さんの息子のとおるくんも畳かきむしって暇だ、暇だということがあったよ、えりちゃんもあんなふうに元気そうに見えるけど大変な時もたくさんあったんだよと話をたくさん聞いて、安心しました。



 それで今の気持ちは、だんだんずっと休んでいて、あと一年も休んだらパワーが完全に溜まりそうな感じがしています。



 前は出口も何も見えない感じで、それでもその時、その時で楽しんでたからそれもいいんですけど。
 パワーが溜まってきたら、自分が安心してくるんだなっていうのを最近感じています。



―――それで不安になったら、お母さんに当り散らすよね。(笑い)



 そういう風に、友達とかともたまーに話した時に、「あなた何してるの?」って聞かれた時に、「今楽しく毎日ボーッとして過ごしている時もあるよ」って答えると、「そんなんじゃだめだよ」って言う人もいるし。
 そんなふうに言われて疲れると、チャット友達と遊んで、また疲れてやめたりしています。



 だけど自分でああ、疲れたなって思って、そういう体験を何度も繰り返していくうちに、自分に嘘をついてまで人と話したら疲れるんだな、と思ってそれで自分を休ませてみたりしています。



―――不安になっている時って焦っているときだよね。



 その不安がある中で、自分で学習していってるというか、これをやったら疲れるな、これをやったらパワーが溜まってくるなという自分で休み方のコツがわかってくるんです。



―――だんだん、玲子は今の自分を認められるようになってきたのね。



 まあ、それは前もそうだったけど、自分の不安は完全にはなくならないけど、自分の今の生き方を肯定はできるようになってきました。



 不安はあるけど、自分はこれでいいんだと肯定できるようになっていくと不安もそれに沿って、だんだん少なくなっていくような感じがします。



―――やり方は別にしてね。
 日常生活の送り方は、若者コースと違ったとしても不安というのは同じだということなんですよね。



 今不安なんだな、だからこのままじゃだめだって思ってるんだなっていうことなんですよね。
子どもの場合も、大人の場合も決して違うわけじゃなくて、大人の不安っていうのも結局同じだっていうことですよね。




人生にムダはない Kさんのお話


Kさん:今小4の男の子です。
 今は何もなく、マイペースで家にずっといます。ここのところずっと何もないんですけど、やっぱり学期が始まる二日前ぐらいは、夜寝るときに子どもがイライラしてましたね。



 私が学校に対して鈍感になっていたから、子どもがイライラしてるのを見て分からずに、本を読んでいて、その隣でイライラしているので、逆にそっちに腹がたって、親子でうるさいなあってもめていたんです。



 二日目の晩に「ママ、明日から学校が始まるね」って言って、そこでそのことでイライラしてたんだなって初めてわかって、「いいよ、行かなくてもいいよ」って言いました。



 それで新学期も何事もなかったようにずっと休んでいるんです。
 見た目にはすごく元気だったので、私は何も心配してなかったんですけど、心の奥底で小さいながらもそういう思いがあるんだなと思いました。



 息子は9月が誕生日なので、私は新学期のことよりも、去年の誕生日に泣きながら内沢さんに何度かFAXを流していたのを覚えてますので、その日がすごく怖かったんです。



 去年の誕生日、夫の姉からプレゼントが届いて、お礼の電話を入れたときに、いつまで休ませてるのっていっぱい言われたんです。
 それで去年の誕生日は一日家で泣いていました。



―――昔はあなたはつっぱってたのよね。



 根は真面目なんですよね(笑い)。
 Uさんにも「昔あんなに悪いって聞いてるけど、あんたは世間に負けたの」と言われて、「不登校の時にいったん負けたよね」と言いました。



 昔の私なら、姉に言われてもあんなに傷つくことはなかったと思います。
昔は守るものがなかったんですよね。昔は家族も、私も自分を大事にしてなくて、唯一大事なのは犬以外には思い当たらなくて、結局大事なもの、守るものがなかったんです。



 それで子どもが生まれて強くなった部分と、怖くなった部分が自分の中に出てきて、初めて大事な分身ができた感じで守らないとというのがあります。



 パパの身内に対してはすごく怖くて緊張します。
 お姉さん自体が怖いというのじゃなくて、末弟の嫁という立場でずっときていたので、今年もそれですごくどきどきしていたんですが、今年はプレゼントが届いたその日のうちにパパがお姉さんに電話してくれました。



 そして何事もなく、誕生日の一日が過ぎたんです。
なにも特別なことはしなかったんですけど、パパが電話してくれたことで、平凡に普通に一日が流れたことが、ああ、幸せだなと思えました。



 1年前の誕生日と今年の誕生日で、自分が幸せと思える気持ちがずいぶん違いました。



―――福岡にいらした時、学校からのひどい攻撃に子どもさんを抱っこして二人で泣いて、パパは別にして生きるか死ぬかで大変だったわけでしょう。
 でも学校にも言えるようになりましたね。



 夏休みに私の夫(内沢達)が大学で単位取得のための現場の教員を対象に3日間講座をやったんです。



 そこであなたのところの養護の教員が来てたんです。
 講師は誰だと、鹿児島大学の内沢達だと校長にその養護の教員が言ったら、なんだあいつか、そんな所に講義を受けに行くのかと言ったって言うんです(笑い)。



 Kさんが校長にきちんとおっしゃって、その内容が内沢達の原稿だったから、しぶしぶ許可を出したみたいなんです。
 だからあなた強くなったなあと夫婦で話してたんですよ。




 校長に対しては、進級のことを考えるとあまり強くいうのはちょっと考えますが、色々言えるようになりました。
 こちらの思いをはっきり言って、相手がどう思われても、内沢さんや会があるから、電話でもこうしたらいいよ、大丈夫だよという知恵を頂いたりという安心感がすごくあります。



―――親子で泣いたり、ご親戚とのことなど伺っていると、子どものときつっぱっていたあなたが今のあなたから想像できないよね。
 自分を大事にしなかった過去、でも今家族があって守れるようになる、自分をいとおしいと思える、そういうことがあったからこそ余計思うのですね。




 そう思います。
 よく皆さんが、辛くて大変な時期があったけど、今穏やかって言われてましたよね。
 全然状況は違いますけど、もうどうなってもいいと思っていた時期がありました。



 昔、友達との会話の中で「一緒に死なへん?」という話をしたり、すごく不自然な会話でもそういう場にいるとそういう会話や雰囲気に慣らされてしまっていました。
 2歩ぐらい上がっても、5歩ぐらいドーンと落ち込んだり、下がる方が多いんですけど、普通に戻るのがすごく大変だったんです。



 私の母親が私のことをこの子はいらないって思うのがすごく伝わっていたので、母親を素直に求めればいいのに、私は反発する求め方しか知らなくて、どんどん反発してました。
 立ち直ろうとしても、世間ではあの子変わったねと言われても、母親に対してはすごいことを言っていました。
 でもそういうことがあったから、今すごく守るものもあるし。



―――決してあなたの過去は否定することではなくて、大切なことだったんだよね。



 今ここにきて、やっと今現在の子どもの気持ちも、当時の母親の気持ちや他の親御さんの気持ちもわかります。



―――子どもの時の自分をなげやりになって否定的になった気持ち、過食や不登校になって自分を切り刻みたいと否定する気持ち、でも今本当にそういうことがあったからこそ、自分を大切にしたい、我が子の命をいとおしいという気持ちが生まれるんですね。



 はい。すごく大切なものがいっぱいわかってきた気がします。
 でも後悔する時期もすごくあって、一時期は高校時代でも遊んでばっかりいないで、トリマーの勉強とかしていたら人生変わっていたかなと、自分がしなかったのに、あの時に親が無理にでもさせていたら人生変わっていたのにとそういう風に思う時期がありました。



―――不登校の子がよく言いますね。
 お母さん僕を無理矢理高校に行かせていたら、僕は違っていたのにって、でもそれは違うんですよね。
(はい、違うんですね。)
 
後悔してるから、昔を否定してるからそういう言葉が出てくるんですよね。



 その通りにしていても、トリマーの学校もその当時だと辞めていたんだと思うんですよ。
だから親のせいにするけど、そこを乗り越えてしまえば、結局自分だったんだなというのが、後になって時間はかかったけど思います。



 母親も昔のこともたまに言いますけど、言いながら家事を手伝ってくれて、でも言いたければ言えばいいし、言われてももう聞き流して平気でいられます。




親が動じない 小泉成一さんのお話



小泉成一さん:お久しぶりです。
 ようやく今月来れるようになりました。かみさんが来てないんですが、決して別れたわけでもなく(笑い)、都合が悪いので今日は一人で来ました。



 家の次男坊は9月で16歳になりました。
 お昼の12時ごろに起きてきてテレビを見て、2時半ぐらいから6時ぐらいまでゲームをして、それからテレビ、8時半頃から夕飯を食べます。



 11時ぐらいまでテレビを見て、それから夜中の3時までゲーム、それから自分の部屋に上がるという非常に規則正しい生活をここ2、3ヶ月間過ごしています。(笑い)



 中学は無事卒業して、季節の変わり目で中学や高校のいろんな話がテレビに出てきたときに、だるいということを言っています。
 かみさんとも話したのですが、そういうだるいとか言っている時は、こっちは相槌をうたないで聞くだけは聞いて、何か色々やって出来た時とかいい時は、ほめて「ああすごいね」と言うようにしてます。
 


―――息子さんはイライラしたりすることはないの?



 それは当然ありますよ。
 物を壊す真似をしてみたり、妹にちょっかいをかけてみたり、ただ娘も兄貴のせいでたくましくなってきたようで、最近兄貴にやり返すことも出来るようになってきたみたいです。



 以前のように物を壊したり、壁を破ったりといったことはないですね。
今はかみさんがすごくたくましくなったなという感じがします。
 僕も息子がだるいとか、物を壊す真似をしたりしたらイライラするんですけど、すると次の日かみさんから、あの言葉はよかったとか、態度がだめだったとかチェックが入ります(笑い)。



 ただ、売り言葉に買い言葉っていうのは今はまったくないですけどね。
 言葉の節々に相手をあおるようなことを私が言ったときは、かみさんのチェックがちょっと入ります。(
―――素敵なご夫婦ねえ



 長男は今年入試だったんですが、親としては無責任なぐらい入試に興味がなくて、そのおかげで長男はのびのびしているようです。



 次男坊がいなかったら、僕とかみさんのことだから、長男に対してもすごくプレッシャーをかけていたと思いますので、これも次男坊のお陰かなと思います。
 本人の意思を一番大事にするように今やれているのかなと思います。



―――お兄ちゃんは弟さんが不登校になってることに対して自然になったんだよね。どうして?



 そうですね。最初のころは、ふざけてるとか僕に向かって言いました。
 私に言って、直接弟には言わないんです。長男は正義感が強いんです。



 それで私が長男に話をしたことあったんです。
お前はそんなやつじゃないから、お前も二男を信じてやれと。涙があふれました。



―――じゃあ、お父さんの涙にお兄ちゃんは感動されたんだ。
それ以来、お兄ちゃんはお父さんに何も言わなくなったんですね。




 それ以来はないですね。あとはお金がほしい時です。(笑い)



―――最初は二男さんが妹さんをいじめてて、親の会に来ても、ご心配で早く帰ってましたよね。



 そうでしたね。今は二人でずっといる時間が一番長いんじゃないかなと思います。
二男のことがわかっているのはやはり一番下の娘ですね。



 今でもいじめたりということはあるんですけど、娘もよけたり、受け答えが非常にうまくなってきています。娘が小1か小2ぐらいの時にそういったのがありました。



 娘には、きちんとかみさんの方から話しているので、二男が家にいることに対しては、どうして行かないのという質問は僕は娘からうけたことはないです。



―――大事な教訓ですね。
 兄弟の関係で、親自身がどれだけ確信を持っているかということなんですよね。
 そのことでお兄ちゃんも妹さんも納得して、それで家族の関係がうまくいきますね。



 兄弟に責任を負わせちゃいけないわけですね。
 親自身がどのぐらい理解し、安心しているかという親の問題だということなんです。
ご夫婦の仲もすごく良くて、おしどり夫婦だもんね。(笑い)




 かみさんもずっと働いているので、朝は息子の食事と自分の弁当を作って出て、6時か7時、遅いときは11時ぐらいに家に帰って来ます。
 だから逆に言うと、子どもたちに任せてあまり心配しなくなりました。



8月久々に、熊本に遊びに行ったときに外出して、ちゃんとレストランで食事できるんだなと僕も感心してみていたんですけど、ストレスはやっぱりたまるみたいです。
 今、一番大きいのが二男坊なんですよ。
 外出していないので色は真っ白で、透き通るような肌をしています。(笑い)




家族が支えてくれた私の不安 Nさんのお話


―――先月の雑草の話で、Nさんの夫と娘さんとの関係はどうなりました?
 親の会の会報はお父さん読んでくださった?




Nさん:どうなったというか、相変わらずという感じです。
それよりも自分の仕事などのストレスがいっぱいあって、会報を目にしたりという余裕がないようです。



 夫は学校に行かないこと、働かないことはいいよというのはあるのに、子どもが年齢が上がってきて、いつまでもこういう風にしててはいけないという不安を子ども自身が持っているので、いつかは働かないといけないよねみたいなことをポツンと子どもが言うと、夫はそこだけを聞いて、やっぱり働いた方が助かるよねと言うわけです。(笑い)



 夫が言っているのは、働かないといけない、いつまでも家にいたらいけないという意味ではないんですけど、タイミングというか、その時娘たちはその言葉を聞いてお父さんはどこまでわかっているのかなと、ちょっとわからなくなる時がある、お父さんはその言葉の重みを考えてくれないとねと言います。娘たちのほうが精神的に上なのかなと思いました。(笑い)



 そういう感じで娘たちも言われたときはショックみたいなんですが、夫の行動をみて、たぶんわかってくれてるんだろうなと思っています。



―――昨年あなたはとっても精神的に不安定だったことがありましたね。
その時にご家族がそっとしておいてくれたことが一番うれしかったと新年会でおっしゃっていました。




 そうですね。自分自身の健康状態で不安がっていると夫や娘達がただ聞いてくれて、何をどうして怯えてるのって聞いてくれます。
今でもしょっちゅうじゃないんですけど、ぽつんぽつんとした不安があったりします。
そういう意識が自分が意識してないところで、不安をもっているのかもしれません。



―――どんなことが不安になるの?



 漠然としたものです。
 運転をしていて事故を起こしてしまうんじゃないか等と、ちょっと不安が湧き出てきます。
そこで打ち消して大丈夫と思ったら、全然ないんですが、それをずっとしていると何でこういうことを考えてしまうんだろうと、結局どんどん行って行きづまっていきます。
今はどこかでストップをかけられるんですけどね。



―――じゃあ、お姉ちゃんの自己否定のお気持ちがよくわかるでしょ。それはいい体験ですね。



 その気持ちはよくわかるんですけど、娘が自己否定しているとそんなに自己否定しなくてもいいのに、あなたはそのままでいいのにって思うのに、自分のこととなるとそういかないんですね。 


―――不登校の子がいっぱい不安になるのと同じでしょう。



 そうですね。私は眠れないと仕事にいけなくなる、と先の先のことを考えてしまって不安になり、それでまた眠れなくなって、ボーッとしてそれでも仕事に行けるんですけど、ほかの人からみたら普通に見えるんでしょうけど、私はとっても緊張してコチコチになってしまいます。



 不安がることはないのになんでだろうと思って、どんどん結局否定してしまうんです。
変だなと思う別の自分もいるんですけど、もうこれは更年期なんだと思ったら自分で安心するので、性格でずっと続くのかと思うと嫌になるので、更年期だろうと思うようにしています。



―――あなたの夫や娘さんたちがあなたを支えてくれていますよね。



 そうですね。それは大きいですね。




娘と今の生活楽しんでいます。 山口良治さんのお話

山口良治さん:私も大口にいた時(私の両親と同居のとき)はお祖母ちゃんとの関係で親子げんかもあったけど、鹿児島市内に来てからほんとないですね。



―――あなたはお祖母ちゃんと愛美ちゃんのサンドイッチだったものね。



 そうそう。俺はどうなんだってね(笑い)。
僕は愛美に何でも言うし、親しくなった人たちには言いふらすわけではないけど、上の娘はこうで、下はこうなんですよって別に隠しもしないで言うんですよ。



 そういう話をお父さんはするからねって愛美にも言うので、わだかまりもなければそういうことが全然自分自身のプレッシャーにもなってないですね。
この会に来てから比較的そうですね。話もよくしますね。



 さっき玲子ちゃんが暇で暇でって言ってたけど、昼間起きてきて玲子ちゃんところに電話したり、それで玲子ちゃんが暇で暇でって言ってるのがわかるって言うんですよね。
 昼間起きてても面白いテレビもないし、夜も面白いテレビもないみたいで。
 前は夜の7時頃でないと起きなかったんですけど、今は夕方の5時、3時ぐらいに起きてきているようです。



 家は狭いけど、親子二人にとっては結構広いんですよ。
 猫もいるのでけっこう汚れます。私は掃除係りだったんですけど、最近私が疲れて掃除しなくても、愛美がしてくれます。(笑い)



 愛美は体重のことは今でも気になってるみたいですけど、前ほどではないようです。
 今は過食の量も減ったような気がするんですけどね。
 当初は私もほんと心配していましたが、今は俺が心配してもどうにもならないから心配しないという感じで、ずいぶん気持ちが楽になりました。



 この頃は特に穏やかという感じです。
 私が家に帰ってきたときに、夕飯がもう準備されていて、そういった喜びがすごくあります。(笑い)



 このまま行けば何とかいくんじゃないかなと思っています。
 私もあと10年ぐらいは仕事できると思うので。
 まだ今、51歳ですから(笑い)。まだ母ちゃんももらわないといけないので。(笑い)



―――愛美ちゃんのことはほんとに心配なくなったね。
 一番最初お話したときは、愛美の学校はいい、とにかく拒食を治さないとと言ってらしたよね。あの時は死ぬんじゃないかという不安があったでしょう。




 愛美がキリをもって弟を追い掛け回してその跡がいまだに残ってますし、そういう時期もあったので。
 そういう時期がなかったら、今みたいな状況はなかったですね。
 愛美が教えてくれたものはいっぱいあります。



 子どもと生活する時間はほんと短いですよね。
 うちも下が18歳で、愛美だって来年21歳だし、ほんとに短いですよね。
だから今を大切にしないとね。



―――だから私は確信をもって引きこもりや、過食をしている子はたいしたもんだと思います。
親の確信、腹構え一つだと私は思います。
 私の家では、親子3人と愛犬1匹で暮らしてますが、老い先よいよいになったら、この子に看てもらおうと私は確信をもって生きてます。(笑い)



 将来娘が旅立つかもしれないし、でもそういうことはどうでもいいことなんですよね。将来外へ出るために今のひきこもりを肯定するという考えではダメなんです。
「今」を心から肯定する。そのことが大事なんです。




 
家族で一緒にいられる時期が大事、そのことをそう思えるかどうかが大事ですね。
 親自身がこのことで、幸せかどうかですね。そういうことをしっかり思えば、必ず子どもは自分を否定しない、私はそう思います。



 でも姑が、でも夫が、でも義理の姉がと、人のせいにしてるときは親が成長しないんですね。
ただ、幸か不幸か親が理解しない家庭でも、そういう親がいても子どもは育つんですね。
 理解できない親の下でも最後は子どもは自分の問題として捉えるようになると私は思うんです。




 
例えば何度もメールが来てる子なんですが、お父さんとお母さんに学校へ行け行けと何度も言われている中学3年の子が、私はやっぱり行けないと言いながら、3年間学校に行ってる子がいるんです。



 どんなに丁寧にお返事しても、また同じメールが返ってくる。私はその子自身が理解してないんだなと思ったんです。
 子どもたちは親以上に自分のことをわかってきているし、そういった子どものしなやかな柔軟性、頭の賢さっていうのがすごく大切だなあと私は思うんです。



だから子どもから教えられるんですね。
 どんな小さい子どもでも、どんなに私たちが大人であっても、自分自身が変革していく、自分を大事にしていって、納得していくということが、一番私は大事だなと思っています。




自分を大切にするということ Uさんのお話


Uさん:中1、小4、小1です。上のお兄ちゃんは月曜日行ったと思ったら、その後半休んだり。
 ただ中学校は小学校よりもうるさいという感じで、行かない日は毎日電話してくださいと言われて、行ったときは行ったでいいのに面倒くさいと思いました。



 行くときも、行かない時も今は自分で整理ができて、それを自分で受け入れられるようになったようです。
 私はそれに不安はないのですが、あの子が行かなかったら私は朝寝できるので(笑い)、行かなくてもいいのになあと思います。



―――そういう点では以前に較べてだいぶお気持が楽になりましたね。



 そうですね。小4の子どもは昼夜逆転で、ご飯も全部IH調理器なので自分で温めて食べてねと言っています。
 そしたら反発しながらも、自分で色々できるようになりました。



 私が無理をして子どもに何かした時に、すごくイライラしたりするので、今は「お母さんの仕事はもう終わったんだもん」と言いながら私の主張をするようになったら、気が楽になってきました。



 私のリズムにこの子達を合わせようとしていたんだなあと思って、これはいけないなと気づかされたんです。



 我が家はお風呂が温泉なので、昼間は下の子と真中の子がプール代わりにお風呂で遊んでいると、私はとっても楽で、キャッキャ遊んでいる声を聞くとほんとに仲がいいなと思います。
 お風呂で水風船を使っていろいろな技を出している子どもたちを見てると、すごいなあと思います。



 最初のころはこんな私でいいんだろうかと思ってましたが、マザーテレサの言葉や五木寛之の『大河の一滴』などを読みながら自分に言い聞かせてやっています。
 落ち込むことも不安にすごくなることもあるんですが、子どもたちもそうだけど、私自身も生きてるだけですごいんだと思うようになりました。



 三人目の子どもが不登校になった時に言葉にならないような不安がまた襲ってきたんですが、またいろんな波がくるから大丈夫かなあとそんなふうにだんだんと思えるようになってきましたね。



―――自分を大切にするということを子どもの不登校で学ぶんですね。
 そして本当に落ち着いて、世間からみたらおかしな生活してるかもしれないけれど、ここの親の会はみんなおかしな生活だよって言えばね。
(笑い)



 だから、私は今一歩も家から出たくないので、我が家は芝生がぼうぼう生えていて誰も刈らないんだけど、雑草だって生きてるんだしなあってそうやって肯定して生きていってます。(笑い)



―――世間じゃないんだよね、自分がよければいいんだよね。
 そういうことが大事なんですよね。
(はい、そうですねえ。)




このページの一番上に戻る→


体験談(親の会ニュース)目次へ← 


2003年12月発行ニュースはこちら←  /TOPページへ/  2003年10月発行ニュースはこちら→



Last updated: 2003.11.12
Copyright (C) 2002-2003 登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)